【起業家インタビュー】NYのウォール街 → 世界一周 → 「食」で起業! / サラダボウル専門店WithGreen武文智洋_01

本日から3日連続で公開します【】。
今回はサラダボウル専門店を展開する株式会社WithGreenの武文智洋さんです。


インタビュアー/カメラマン 若林哲平

武文智洋さん 略歴

1983年岡山県生まれ。慶應義塾大学卒。大学院を卒業後、証券会社に入社。
3年間、日本株トレーダーとして東京で勤務したのち、2年間ニューヨークで勤務。
30歳で証券業界を退職後、「食」をテーマに世界一周に出発。
帰国後、2016年1月に株式会社WithGreenを設立。

サラダボウル専門店WithGreen 代表取締役武文智洋さん

日本を代表する産業になるのは、食じゃないかと思っていた

若林:武文さんは2016年1月に起業されました。起業に至るまでのストーリーが非常に独特だなと。起業の前に世界旅行をされていたんですよね。

武文:大学の頃からずっと、何かしら自分でやりたいなと思っていました。でも、大学を卒業して、大学院を卒業して、そのとき「これ!」というのがなかったので、まずは会社員として1回、会社に入って働こうと。でも、その代わり、それは起業に活きるような業界で働こうと。
金融が分かったりとか、経営のことを勉強できたりできる業界がいいなと思って、日本株のトレーディングっていう仕事を30歳までしていまして。

30歳で辞めて独立すると決めていたので、30歳で退職はしたんですけれども、何で独立するかというのが、まだ決まってなかったんですよね。なので、まず2年間、自分がどんな事業をするか、どんな山に登りたいかをまずしっかり考えようと思って。
日本人だったら食の分野って面白いんじゃないかなと思って、でも、世界で食をするのか、日本でこのサラダの事業をするのかっていうのは、ずっと迷っていたので、世界一周をする中でどういう事業ができるのかとか考え続けました。最終的には、サラダボウル専門店をやると決めて、2016年の1月に兄弟で創業したって感じですね。

若林:いろいろ事業のテーマってあると思いますけど、その中で、あえて食を選ばれた理由を少し詳しく教えてください。

武文:食を選んだ理由としては、一番大きいのは、僕はずっと株の世界を見ていたことです。
日本の電機の産業っていうのは、国の基幹産業、根幹を支える産業だと思っていたんですけれども、ドンドンと厳しい状況になっている。
恐らく、僕は自動車産業でも同じようなことが、これから10年20年かけて起こるんじゃないかなと思っています。そのときに、じゃあ次の日本を代表する産業になるものは何だろうと、かなりマクロ的な見方になりますけど、それを考えたときに、これからの日本を代表する産業は『食』と『観光』ではないかなと。で、大まかに、じゃあ「食」に携わろうと決めました。次に「食」の中で、何をするかを考えようと思って、世界一周しながら考えてたっていう感じですかね。

若林:そして、食の中でもサラダボウル専門店っていうテーマに行きついた。これはどういった経緯があったんですか?

健康的なものを提供しながら、食材の物語も伝えたい

武文:食として起業しようと思ったときに、日本でやるか、世界でやるかを考えたんですね。で、世界でやることも考えたので、世界一周行きました。
その中で、どの国でどういう事業ができるのかっていうのを見に行きましたけれども、日本で生まれ育って、やっぱりここ(日本)でできることは(世界でやるより)初めはあるんじゃないかなと思いました。そして、このサラダボウルの事業っていうのは、僕は日本でものすごい価値があると信じることができました。それは二つ理由があります。

一つは、日本は意外に炭水化物の割合が大きい重飲食が多いじゃないかと。
炭水化物は人の体にとても大切な栄養素ですが、全体的に日本の外食は重たいものが多いと僕は思っていて。 だから、サラダを気軽に食べられる場所っていうのが、人の健康をつくる意味で、特に都市圏で価値があると思ったんです。
もう一つは、日本って、世界的に見ても、どんな料理でも味はすごくレベルが高い。コスパも、ものすごくいい。
だけど、食材の裏側の話がぽっかり抜けているんじゃないかなと。
例えば、自分で育てた野菜とか、誰か知っている人が育てた野菜って、形が悪くてもありがたがって食べると思うんですよ。

実際にトマト農家を訪れて、苗木を植える体験をしている写真
実際にトマト農家を訪れて、苗木を植える体験をしている写真

自分でトマト育てたら、どれだけトマト育てるのが難しいのか、赤くするのが難しいのかっていうのは分かる。そうなると、少々形が悪くても、おいしく食べる。それはなぜかというと、その食材の物語だったりとか、育てた苦労を知っているから。
野菜ならば100%日本のものを使うことも出来るし、食材の物語をダイレクトにお客様に伝えることができますよね。これを伝えられるんだったら、普通の飲食店以上の、価値が出てくるかなと思って。

  • 健康的なものを提供したい。
  • 食材の物語を伝えていきたい。

この二つの理由で、サラダ店を創業したっていう感じですね。

米沢の米農家で稲刈りの様子/この他にもレタス農場、トマト農家、ズッキーニ農場、レンコン農業、田植え体験など、継続的に農家を訪れ、WithGreenで取り扱う食材を選んでいる。
米沢の米農家で稲刈りの様子/この他にもレタス農場、トマト農家、ズッキーニ農場、レンコン農業、田植え体験など、継続的に農家を訪れ、WithGreenで取り扱う食材を選んでいる。

余裕を持って資金調達ができたのは、すごく大きい

若林: 2016年1月に会社を設立されて、第1号店の神楽坂店が2016年の5月にオープン。このオープンに至るまでの過程で、最初の資金調達を融資でされたと思うんですけれども、この融資を受けられるまでの具体的な経緯を教えて下さい。

武文:とにかく1回目の調達が、本当にすごく大事だなって思っていました。
実際にどういうふうに調達するかって考えても、基本的には、起業家が融資として借りられる選択肢って、あまり多くなくて。
基本的に日本政策金融公庫か、保証協会しかないということが分かって、だったらどうすればしっかり借りられるのだろうと。自分では初めてのことだから、分からなかったので、若林さん(※)に相談して、GOALさんのように融資の専門家と組んで調達をするっていうのが一番いいのかなということでお願いしました。

(弊社)共同代表/資金調達チーム

若林:結果的に、初回の融資としては。

武文:全部で2500万。想定より多い調達ができました。

若林:想定以上のの調達ができた効果はいかがでしたか?

武文:これ(効果)は、とても大きかったです。
これが正直1000万多いか少ないかで、あのときっていうのはかなり違ってたなと思ってまして。結局出店費用として、その融資として借りたものが2500万、資本金として入れたのが600万ですね。設備投資としてかかった金額が2000万前後。なので何が起こったかというと、1000万ぐらい手許に残すことができたんですよね。これが、後になってとても生きました。カツカツだと、次の選択肢を取りづらいなと思っていたので。
ちょっと余裕を持って資金調達ができたのはすごく大きくて、気持ち的にも、会社としても余裕が持てましたし、ありがたいことに、すぐに店舗としては黒字化したので、次のステージに行けるような形にはなってきたのかなとは思います。

投稿者プロフィール

若林 哲平
若林 哲平
行政書士法人GOAL_INQ代表
GOALグループ共同代表
/スモールビジネスのデットファイナンス()のサポートに特化した行政書士・認定支援機関。東京都のASAC(青山スタートアップアクセラレーションセンター)のメンターも務める。
キャンプが好き。
4児の父。